行政書士ミヤシンの800字映画評

映画の感想を原稿用紙1〜2枚分でコンパクトに。ときどき書評。たまに・・・。

漱石三部作を再読

漱石『それから』をン十年ぶりで読んで
代助の父親がとっても気になった。

代助が父親を見るような目で父を見ていた初読のとき
今や代助と同年代の息子がいて。

こないなコトも
漱石文学の普遍性ゆえ?!

というわけで、若いころ読んだ漱石三部作『三四郎』『それから』『門』を再読。
覚えている度合は 門>三四郎>それから でした。
中身のコトは措くとして(わたくしメがいまさら語るまでもなく^^;)
トシの功で?細かーいところまで目が行き
本筋とは何ら関係ナイですが、ひとつだけ↓
『三四郎』の序盤、食べ終えた駅弁箱やら果物の種やらを誰も彼も汽車の窓から捨てる捨てる。
そう言えば清張『砂の器』(映画化を観てのハナシ。スミマセン原作は未読です)では和賀の恋人が電車から紙くず(に見えたが実は、、、)をばらまく。←たまたまソレを見ていた紀行作家が(モラル面を問うことなく)趣ある光景として新聞に寄稿したことから捜査が進展した。
車窓からのポイ捨て、むかしはモラル的にセーフだった? まあ時代が隔たる両作を一緒くたにするのは乱暴だけどね。
砂の器』は1960年の新聞連載だから、そんなこんながアウトになったのはやっぱり1964年東京五輪が契機か
てなことをモウ想しました。