行政書士ミヤシンの800字映画評

映画の感想を原稿用紙1〜2枚分でコンパクトに。ときどき書評。たまに・・・。

映画「ローマ法王になる日まで」

 ローマ法王に就任したホルヘ・マリオ・ベルゴリオ、20歳で聖職者たらんと決意してから76歳で迎えた2013年のコンクラーベ(法王選挙)までの物語。
 母国アルゼンチン、ブエノスアイレス管区長に就いた1970年代は軍事独裁下。政権と真正面から対峙した神父たちは拷問されたり殺害されたりした一方、イエズス会の重鎮は政権に融和的だった。その狭間で、政権のあり方を良しとしないベルゴリオはできる限りの尽力をしたが。
 救いを求めてきた人たち、救わなければならない人たちに十分には応え得なかった。学生時代に指導教官だった女性は反体制と見なされ惨殺される。無力感に打ちひしがれた。
 町なかの教会で出会った市井の女性から本作のキーとなるある道しるべを得たドイツ留学を経て80年代、軍政は終わっていた。補佐司教に就いたブエノスアイレスで、貧困地区再開発のため住民たちが立ち退きを迫られる。強制排除は避けるべく、70年代のときより一歩踏み込んだ行動をするベルゴリオ。だが、やはり政治の方が一枚上手だった。排除のため集結する警官隊と、抵抗しようと構える住民たち。一触即発の状況で、ベルゴリオはミサを始める。しだいに住民たちは、そして警官たちもヘルメットを脱いで、聴き入る。
 立場は違えど信仰を同じくする者たちのこの美しいシーンが本作のクライマックス、と私は感じた(いずれ立ち退きそのものは行政の意図通りに進んだのかもしれないが)。以前に読んだあるエッセイの一文「他の動物と人間の最大の違いは信仰心」を思い出した(「信仰心」が悪行をもたらすこともあると言えようが。)
 母国で彼は、誰であれ人々の声を真摯に、彼自身のことであるかのように寄り添って聴き、現実を踏まえて理想を追求してきた。もちろんそれは、困難な道である。だから「失敗」もし、失意にも陥ったが、「無謬」ではなかったこともまた現法王の誇りなのではあるまいか。
 
 聖職者になりたてのとき日本へ布教に赴きたかった、とのこと。