私は子供の頃から大の昆虫好き。夏休みのあいだ、近所の雑木林で捕ってきたカブトムシやクワガタと毎日毎日、一時間も二時間も遊んだものだ。
犬や猫ではない。およそ虫とどうやって遊んでいたのかは全く思い出せない。だが、一つだけ鮮明に覚えている出来事がある。
小三のある日、クワガタと戯れているうちに人差し指を挟まれて離れなくなってしまった。痛い。
台所で夕飯の支度をしている母に助けを求めた。
母はきゅうりの切れ端をクワガタの目の前にかざす。
すぐにクワガタはきゅうりを両前足で掴みながら、しっかり挟んだ。お前の指なんぞに用はないとばかりに。母の作戦、見事に成功。
大人になってから何人かの友達にこの件を話した。一様に「そんなの、ありえない」との反応。私の中では確固たる記憶なのだが、本当にあったことなのか自信がぐらつかないでもない。
それから四半世紀後のこと。
小ぶりの水槽に三分の一ほど土が盛られていて、その中にカブトムシの幼虫が一匹いるというのである。
掃除道具を調達しに行ったホームセンターで目に飛び込んできた。オスかメスかはわからないという。
わが子の情操教育のためと称して、ワンコインで買い求めた。
「自分が楽しむためでしょう」と妻の目は語っていた。まぁ図星ではある。小三の息子が興味を示すことはなかった。
今か今かと私だけがワクワクしていた7月終わりのある朝。いつものように出勤前に水槽を見ると、とうとう成虫が姿を現していた。
オスだった。すばらしく立派なツノである。早速きゅうりの切れ端をあげた。
ところが、翌朝はメスがいた。メスとてツノこそないものの、なかなかの見映えだ。まずはきゅうりをあげた。だけど・・・
その後も、朝オスがいる→夜になると土に潜る→朝メスがいる→を繰り返した。
あれれ?? 一匹のはずである。それともサービスあるいは間違いでオスメス二匹がいたのだろうか。
そして何か生態上の理由で一匹が地表にいる間、一匹は地中にいるのだろうか。
よし!地表に出てくる瞬間を見てやろう。謎が解けるかもしれない。日曜日に四時起きした。
やがて土からツノが突き出てきた。ん?昨日もオスだったが。
すぐに全身を地表に現した。何度見てもカッコいいフォルムだ。
空が明るくなりかけたとき。
わずかに上体を起こして、おもむろに両前足でツノを外した。
順番通り、メスだった。
たしかに、一匹だった。