行政書士ミヤシンの800字映画評

映画の感想を原稿用紙1〜2枚分でコンパクトに。ときどき書評。たまに・・・。

レティシア・コロンバニ『三つ編み』

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齋藤可津子訳。2019年発行(原著は2017年)。
フランス人女性映画監督である著者の初小説。刊行されてすぐベストセラーになった。

現代世界でアゲインストに直面している3人の女性。
インドのスミタはいわゆる不可触民、イタリアのジュリアは「女は〜であるべき」圧を受け、カナダのサラはエグゼクティヴ・ウーマンとなったが、、、
スミタとジュリアとサラの物語が交互に描かれ、ラスト「三つ編み」のように絡み合った。

広めの行間で230ページほど。3人それぞれの物語をもっと書き込むこともできたと思う。よりいっそう読み応えが増したことだろう。

こちら↓も近年フランスのベストセラーだが、「女性は〜であるべき」男性が主人公

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現代日本は?↓

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「神事のような」

「神事のような厳粛な雰囲気。」
無観客開催された大相撲春場所を取材エリアの二階席から見た酒井隆之氏の言です。氏は『スポーツ報知』で長年相撲記者を務め、現在は管理職とのことです。
「(テレビ中継の)画面から見えたままの静かな雰囲気だった。映画の撮影現場と言えばわかりやすいだろうか。」とも。
(以上、『大相撲ジャーナル』4月号より) 

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ハラリ氏「人類はコロナウイルスといかに闘うべきか」

web.kawade.co.jp 「感染症を封じ込めるのに短期の隔離は不可欠だとはいえ、長期の孤立主義政策は経済の崩壊につながるだけで、真の感染症対策にはならない。むしろ、その正反対だ。感染症の大流行への本当の対抗手段は、分離ではなく協力なのだ。」

感染症について人々が認識するべき最も重要な点は、どこであれ1国における感染症の拡大が、全人類を危険にさらすということだ。」

感染症を打ち負かすためには、人々は科学の専門家を信頼し、国民は公的機関を信頼し、各国は互いを信頼する必要がある。この数年間、無責任な政治家たちが、科学や公的機関や国際協力に対する信頼を、故意に損なってきた。」

「人間どうしが争えば、ウイルスは倍増する。対照的に、もしこの大流行からより緊密な国際協力が生じれば、それは新型コロナウイルスに対する勝利だけではなく、将来現れるあらゆる病原体に対しての勝利ともなることだろう。」

以上、紹介したのはサワリだけです。具体的で緻密な論考がなされていますので、リンク↑を是非ご一読ください。

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私的オールタイム10冊

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ドストエフスキー罪と罰』や漱石『こころ』やカフカ『審判』 あるいは村上春樹カズオ・イシグロではあったりまえすぎる?ので

ほぼ読んだ順で、他の時期に読んでいたら入らないかも の私的で私的な10冊。


①クイーン『Yの悲劇』
中坊のとき初めて読んだ大人の推理小説(小学校図書室で読み倒したホームズ、ルパンの子供向けシリーズは番外)。ビギナーズラックで?後半なかばに犯人が分かった。以降、いわゆる本格ものを読んで犯人当てたことなし。
五木寛之『蒼ざめた馬を見よ』
高一で読み、子供から若者の仲間入りをした気がした。
本多勝一『殺される側の論理』
当時『朝日新聞』記者だった本多勝一信者になっちゃった。
松本清張『北の詩人』
胸の病ゆえに信念が揺らいだ、戦後期朝鮮半島の詩人の葛藤を描いた作。
(軽い)喘息を発症し、就職希望先を変えた心境となんとなくシンクロ。
オーウェル1984年』
これを読んでいたので、ハルキ『1Q84』も一層味わい深く。
動物農場』も!
丸谷才一『裏声で歌へ君が代
旧かな使いに拘るガンコなオッサン 的イメージで食わず嫌いだったが
ドッコイ、整然・情緒が一体となった丸谷ワールドにハマり全作読み通した。
とかく先入観は、、、人生何度目かの反省。
梅棹忠夫『文明の生態史観』
説の当否はともかく、(ヴェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』と共に)ダイナミックな論理展開に魅せられ衝動的に比較文明専攻の院に入ってしまった。
アリストテレス『動物誌』
近代科学的知見がない(言うまでもないね)紀元前の動物観察、実に興味深い。(なお、私の動物好きは幼少時からの50年来。)
プラトンアリストテレスは何冊も読んだが、理解できたかハナハダ疑わしく。

西田典之刑法総論
独学で司法試験に挑戦していたとき、「常識」的妥当性と論理的妥当性が異なるところがエキサイティングだった。
⑩近年は各ノンフィクション賞の受賞作をいくつも読んだ。テーマは様々だが、著者の「どうしてもコレを伝えたい!」という強い意思が伝わりまくった。

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人間はなぜ宗教を?

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    おおぜいの日本人と同じく特定の信仰を持たない私。だが、コロナ禍のなか大相撲春場所が完遂できたのは力士の四股が「邪悪なもの」を押さえ込んだからと少なからず思える。また、もしも「神様の姿をイメージするとしたら?」と問われたら (神を信じている意識がないにもかかわらず)多くの日本人同様に「白髪白髭のおじいさん」が思い浮かぶ。

    レザー・アスラン著(白須英子訳)『人類はなぜ〈神〉を生み出したのか?』2020年2月発行(原著は2017年)。
    本書のタイトルは
①人類はなぜ宗教感情を持つのか?
②人類はなぜ神を生み出したのか?
③人類はなぜ神を人間の姿でイメージするのか?
という3つの疑問を包含。人類史がそう進む通りに(原題は「GOD : A HUMAN HISTORY」)、本書は①→②→③の順に論考を進める。②③には、なぜ多神教の中から一神教が登場したのか?、が含まれる。
    私自身の四股のくだりは①、神様イメージは③が当てはまっている。

    宗教学者である著者が認知科学や考古学等々他分野も含めて数多くの学説も引用しながらの論考。私なりに①〜③各々のサワリをちょっとだけ。
①についての様々な学説はどれもこの疑問に対する回答になっていない。原初は「肉体と別に魂がある」という信仰としてだった、宗教感情は生得的と言う他ない。それはホモ・サピエンス以前にも遡り、ネアンデルタール人が築いた祭壇のようなものが発見されている。
②人類が初めて思いついた神概念の一つが狩猟を司る「獣たちの王」。
③人間が自然を支配しなければならない農耕生活に移行したため、人間の姿をした神々が生み出されて大地を司る神々となった。そして、多神教ユダヤ教キリスト教イスラム教がそれぞれ前段階のアンチテーゼとして誕生。

    本書が取り組んだ疑問は著者自身の信仰にとってのテーマでもある。「〈神〉と私との間にあると想像していた隔たりを(中略)埋めることに自分の心の旅路の大半を費やしてきた」。
    そしてイスラム教→キリスト教イスラム教と歩んできた信仰の「旅路」は汎神論に至り「今の私は、自分と〈神〉との間の区別はないのだから、したがって隔たりもないと信じている」と述べるが、(原題通りに人類の歴史そのものである)宗教について知識を得たいと思っているが 真摯な信仰は持たない私にはその「旅路」を合点することはできなかった。
    だからこそでもあり、四股の「力」のような超自然的な物事を信じるのは何故かという疑問は私の中でいっそう膨らむ。やはり、他の生き物から分かつ人間とは何かのアプリオリな定義としか言いようがないのか。

 

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史上最強力士

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飯嶋和一著『雷電本紀』(1994年発行の文庫化)
史上最強力士は江戸時代の雷電私ども相撲好きでは「常識」ですが、本作は史実とフィクションを交えた小説仕立ての雷電の伝記です。その時代は1800年前後。

素晴らしいのが相撲の取組の描写です。読んでいて手に汗握るほど、迫真にして厳密。相撲は決して力任せではなく、まことに理に適った体の動きであることも理解できます。好角家の間で語り継がれてきた名力士、四代横綱谷風や五代横綱小野川も登場。
本作を読んで、超強い上に正義感に溢れ情に厚く教養がある雷電、すっかり私の贔屓力士になりました(時空を超えて^^;) 赤いマワシを締めていたとのこと。
もっとも、文庫本500ページ弱の本作で相撲がらみのシーンは少なく、雷電が出てこないシーンも多いです。江戸の町人や信州の農民の視点から当時の社会が活写され、雷電を舞台回しとする歴史小説とも言えそう。

コロナ禍のなか 四股が鎮めた!?

今月8日の大相撲春場所初日、八角理事長の挨拶「床山が髪を結い、呼出が拍子木を打ち、行司が土俵をさばき、そして、力士が四股を踏む。この一連の所作が、人々に感動を与えると同時に、大地を鎮め、邪悪なものを押さえこむのだと信じられてきました」。

一人でも感染者が出たらその時点で中止するという方針でしたが、今日の千秋楽まで完遂できましたね。本場所の界隈では「邪悪なもの」が押さえこまれた、と言えましょうか。
全国を回って四股で大地を鎮めてもらいたい、、、けっこうマジで書いてます。

www3.nhk.or.jp

超小兵力士

幕内全力士の平均体重を今年1月場所と45年前の1975年1月場所で比べてみました(『大相撲ジャーナル』2020年2月号と『大相撲』1975年2月号記載の数字から計算しました)。
2020年162.6キロ(全45人平均)
1975年126.0キロ(全36人平均)

(身長はほとんど変わりません。
    2020年183.4センチ
    1975年182.2センチ)

力士の著しい大型化。あらためて、炎鵬168センチ 99キロの素晴らしさが痛感できますね。もし45年前だとしたら平均して小学生一人分重い相手と毎日戦っていたことになりモチロンそれでも大変ですが、ましてや現実の炎鵬は大人一人分重い相手と毎日なのですから。
なお、45年前の最軽量は100キロちょうどが二人で 最重量は165キロの高見山 (ハワイ出身)。今年の最重量は200キロの魁聖(ブラジル出身)です。

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地下鉄サリン事件から四半世紀

25年前のけさ。
勤めていた会社でも 直接知っている人も含めて何人もの被害者が。ある課長は その後しばらく景色が黄色く見えると言っていた。重症者こそいなかったが。
私は通勤で千代田線を使っていて、ときどき乗っていた時刻の車両も狙われた。その日は乗っていなかったが。

第1回大岡信賞を受賞

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詩集『至高の妄想』(書肆山田 2019年12月発行)の作者は巻上公一氏。先月、佐々木幹郎氏と共に第1回大岡信賞を受賞しました。
巻上氏はヒカシューのリーダーにして、ボーカル。不可思議な楽器テルミンやトランペットも演奏します。氏にとって初めての詩集に収められている作品のほとんどは、ヒカシューが奏でる楽曲の歌詞でもあります。
『至高の妄想』には、余人をもって代えがたい言語センスが溢れています。「夕方のイエス 朝方のノー」と題する一篇に散りばめられたフレーズ↓(作中のほんの一部です)を見てもらえれば、ナルホド!と思っていただけるのではないでしょうか。

     足りないものが満ちてくる
     欠けてるものが駆けてくる

     咲かない花が華やいだ

     浮かないことが水遊び

     夕方のイエスがそこに立っている
     朝方のノーに断りもなく

 

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今夜のブラタモリでは

「島原・天草~なぜキリシタンは250年も潜伏できた?~」 として禁教政策が始まって何年も経ったあとキリシタンの踏み絵への抵抗感が弱まった理由について仮説を示していましたが、
おととし博物館で奉行所が「注文製作」した「踏絵」の実物を見て私もこんなふうに思いました↓ 

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先週末の世論調査が⁇

www3.nhk.or.jp

NHKが先週末に実施した世論調査の結果を見て、二つ興味深く思いました。

>ことし7月に開幕する東京オリンピックパラリンピックが予定通り開催できると思うか尋ねたところ、
◇「開催できると思う」が40%、
◇「開催できないと思う」が45%でした。<
「(希望的観測を含めての)開催できると思う」が(先週末の時点で)もっと多いようなイメージを私は持ちますが、意外にも?皆さん冷静ということでしょうか。あるいは、私自身はスポーツ大好き人間なので類は友を呼んでいるのですが、そもそも世の中ではスポーツを好きくない人が相当数いるということでしょうか。

安倍総理大臣の要請を受けて、全国の多くの小学校、中学校、高校などが春休みに入るまで臨時休校になっています。この対応について聞いたところ、
◇「やむを得ない」が69%、
◇「過剰な対応だ」が24%でした。<
安倍内閣を支持する」は43%なので、内閣は支持していないが「この対応はやむを得ない」が100人あたり26人いる勘定になります(ザックリ言って)。
蔓延を防ぐため現実問題としてマスで閉じられる所という意味で私自身も文字通り「やむを得ない」と考えますが、この2択にはやや疑問を感じます。と言うのは、「説明不足」「あまりに唐突」「科学的根拠は?」「保育園や学童保育への対応は?」「教育を受ける権利は?」だけれども「やむを得ない」が全て包含されますよね。それに対して「過剰な対応だ」は文言上は対になっていると言えるのでしょうが、意味は限定的で選択肢として釣り合っていないのではないでしょうか。

政策に関する他の設問は「どちらかといえば」的な選択肢があって4択なのにこの2問だけ、、、も不思議と言えば不思議です。まさか「狙った」質問なんてコトはないとは思いますが。

無観客場所、シュールなのは・・・

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今場所は府立体育館。マス席を組んだのは無観客決定の前だったのだろう。なーんにも無い広〜いフロアの真ん中にポッカリ土俵があるのとどちらがよりシュールかね。

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横綱鶴竜 土俵入り

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横綱白鵬 土俵入り