行政書士ミヤシンの800字映画評

映画の感想を原稿用紙1〜2枚分でコンパクトに。ときどき書評。たまに・・・。

映画「ジョジョ・ラビット」を観ました

www.foxmovies-jp.com

コメディタッチのエンタメ仕立てであっても、紛れもなく反戦映画だった。新しい切り口の。「アンネの日記」のオマージュたり得てもいて。

いずれも第二次大戦ドイツ軍の
大脱走」の捕虜収容所長は教養ありげなハト派なるも具体的な行動には踏み込まなかったが、
本作の無教養ふう大尉は主人公ジョジョ少年を守るため踏み込んだ。
所長は前線送り(の場合には戦死または捕虜になる可能性が高いことが示唆されていた)になり、
大尉は進軍してきたソ連軍から銃殺された。

JAL見学

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夕方、羽田空港の「JAL工場見学」に参加しました。
格納庫の上階で元整備士さんから 機体の構造についてやなぜ飛べるのかについてレクチャーを受けたあと、元CAさんのガイドで格納庫を見学しました。
4機入庫していて、ちょうど2機を整備作業中でした。

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格納庫の前の滑走路に次々と着陸

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後方に富士山

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「悪い」と「良くなっている」は両立する

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   『ファクトフルネス 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』を読みました。日経BP社2019年発行(原著は2018年)。

   「悪い」と「良くなっている」は両立する、と本書は説きます。「悪い」は現在の状態、「良くなっている」は変化の方向を表します。1948年スウェーデン生まれの著者ハンス・ロスリング氏は医師として、経済発展と農業と貧困と健康のつながりについての研究者として、国際援助機関のアドバイザーとして世界の貧困地域の「悪い」が少しづつでも「良くなる」よう尽力してきました。

   「世界の人口のうち、極度の貧困にある人の割合は、過去20年でどう変わったでしょう?
   A約2倍になった Bあまり変わっていない C半分になった」
これは、本書の冒頭で出された13問のクイズのうちの一つです。AあるいはBと答えがちではないでしょうか。正解はC。すなわち29%から2017年には9%に下がっています。9%と言えども人口数では何億人にもなり、もちろんそれは「悪い」現状です。しかし、おおぜいの様々な取り組みにより「良くなっている」のも事実なのです。

   クイズは他に「現在、低所得国に暮らす女子の何割が、初等教育を修了するでしょう? A20% B40% C60%」「自然災害で毎年亡くなる人の数は、過去100年でどう変化したでしょう? A2倍以上になった Bあまり変わっていない C半分以下になった」「世界中の1歳児の中で、なんらかの病気に対して予防接種を受けている子供はどのくらいいるでしょう? A20% B50% C80%」 「いくらかでも電気が使える人は、世界にどのくらいいるでしょう? A20% B50% C80%」等。どれも世界各国でアンケートを取ると一般の人もいろいろな分野の有識者も正解率は非常に低いとのことですが、正解はいずれもC。データに基づいて著者はそれを証明します。

   こうした「世界はどんどん悪くなっている」の他に「ひとつの例がすべてに当てはまる」「誰かを責めれば物事は解決する」「いますぐ手を打たないと大変なことになる」等10の思い込みを 本書を読むと「乗り越え」ることができます。

   著者は、事実に基づいて世界を見ることすなわち「ファクトフルネス」を提唱します。事実は、正確なデータを真正面から見ることで分かります。著者自身がファクトフルネスでなかったゆえに取り返しのつかない失敗をした経験も明かされます。もちろん、ファクトフルネスによって「状況は思ったほど悪くない」と油断するのではなくもっともっと「良くなる」よう小さな一歩を重ねることが肝要なのです。

   「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込みを乗り越える章で「子供にトンカチを持たせると、なんでもくぎに見える」という諺を引用するなど、全体にわたってユーモアに溢れていました。

   疑問なのは、日本を含めた国々で顕在化している高齢化への問題意識が希薄なこと。と思ったことこそ読み終えた私がファクトフルネスを身につけた証かもしれません。それは鵜呑みにするなという意味にもなるのですから。

   ハンスを中心に二人の子オーラとアンナとの共著です。父ハンスは出版前の2017年に癌で逝去しました。

濱野ちひろ『聖なるズー』

集英社 2019年発行。開高健ノンフィクション賞受賞作。

動物性愛者を追ったノンフィクション。知られざる世界を示すことがノンフィクションの大きな目的とするならば、本作は読んでよかったと思える作品です。ほとんど知らない(知りたくもない)ながら おぞましさしか覚えなかった動物性愛ですが、本作によって おぞましさだけではないことが分かりました。

主にドイツの「ズー」(動物性愛者)たちを取材。彼ら彼女らは動物との対等な関係を標榜していて、動物のあるがままを受け入れ、それによって心が通じ合っていると言います。確かにそのように見える様子がいくつも記されています。著者が会った「ズー」たちが決して動物虐待者でないことは間違いありません。

しかし、しつけは施します。それは「あるがまま」と矛盾しないのか? 「ズー」たちは説明しますが、説得力は強くないように思いました。

生き物である以上あるがままは性欲も含み、心が通じ合っているからこその行為と言います。

冒頭で私は「本作によって おぞましさだけではないことが分かりました」と書きましたが、それは文字通りの意味です。本作の中にもおぞましく感じる箇所はありましたし、読み終えても動物性愛ということを肯定的に認めるのはやはり難しいです。

読んでいて疑問に感じたことがいくつかあります。
その一つが、ある男性「ズー」が「パートナー」のオス犬に性的行為を「行う」くだり。彼は「きみも見る?」と持ちかけ、著者は「もちろん」と。
疑問なのは 心が通じ合っている同士での行為そのものではなく、初対面に近い人に「見せる」ことの「意思確認」を犬にしないのか?ということです。動物と対等の立場で共生するという信念を持つ「ズー」として、それはどうしてか。(人間であれば)普通は見られたくない行為です。
そして著者は取材のため見るのが「もちろん」なのはもちろんですが、この題材に真摯に向き合う彼女の姿勢に照らして逡巡や葛藤が何もなかったようなのが不思議に思えます(自身の心の揺れを書き込む本作のスタイルなので)。

酷いDVを被った体験を彼女は本作の随所で明かしています。「動物」を切り口にしながら、真のテーマは「愛とは?」と捉えるべきなのでしょう。その観点で考えさせられることは確かにありましたが、であっても以上の感想に変わりはありません。

 

ユヴァル・ノア・ハラリ『21 Lessonsー21世紀の人類のための21の思考』

2010年代のベストセラー『サピエンス全史ー文明の構造と人類の幸福』『ホモ・デウスーテクノロジーとサピエンスの未来』を著した気鋭の歴史学者による新作『21 Lessons〜』(2019年11月 河出書房新社発行、原著は2018年)を読みました。
人類社会について前2作がそれぞれ過去の考察と未来の予測であるのに対して本作では現状が分析されたと新刊案内等で紹介されていますが、著者の意図する本作の主眼は現状分析を踏まえた未来(主に近未来)予測と言えましょう。もちろん現状分析をするために過去の考察も欠かせません。
したがって前作の既視感が少なからずあり、原著が2014年と2016年である前作後に得られた知見を加えたアップデート版という位置づけもできそうです。前作はどちらも上下2冊でしたが、本作は1冊だけ。ご用とお急ぎの向きは本作だけ読むのもありだと思います。それは内容が薄いという意味では決してなく、著者一流のエキサイティングな議論は本作でも揺るぎがありません。
前作との大きな違いは、1976年生れでイスラエルで生まれ育ったという属性に伴う思考と心の揺れが随所で明かされていることです(宗教的・社会的な禁圧が強い性的指向を有することも含めて)。それは、考察に角度と深みをいっそう加えています。
以上の理由からお薦めいたします。

二つ開けちゃった

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今朝、「雪かも」予報の今日こそ使いどき! と。
、、、
ちょっと考えれば当然そのハズですが 一つに両足ぶん入っていました( ; ; )
買うとき既に誤解していたと思われます(^_^;)

もったいないので、もうひと組はズボンの尻ポケットに入れました。

フロイス『ヨーロッパ文化と日本文化』

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16世紀戦国時代に何十年間も布教を行なった キリスト教ポルトガル人宣教師が、豊臣秀吉による禁教令が発布される前の時期に日本社会のあれこれを観察して著した。
こんな具合に・・・
「ヨーロッパ人は大きな目を美しいとしている。日本人はそれをおそろしいものと考え、涙の出る部分の閉じているのを美しいとしている。」
「われわれは横に左から右に書く。彼らは縦に、いつも右から左に書く。」 「われわれの書物の最後のページが終わるところから、彼らの本は始まる。」

引用⇅した通り すべて1〜2行の箇条書きで、各々に訳者による数行の注釈が付されている。当時の日本社会の様々も、事前情報なしで見た西洋人の目にどう映ったかも、とても興味深い。

もちろん、「西洋が上、非西洋が下」感覚(サイードが定義する「オリエンタリズム」)も所々垣間見える。
「われわれの間の種々の音響の音楽は音色がよく快感を与える。日本のは単調な響で喧しく鳴りひびき、ただ戦慄を与えるばかりである。」
両者の音楽はただただ異なるだけなのだが。ついでながら、最初に引用した「美しい目とは?」もそうであるように現代日本人の感性は「西洋化」しているということも言えるかもしれない。

「われわれの聖像は美しく、敬虔の念を誘う。彼らのものは火中に焼かれる悪魔の形状をしていて、醜悪で恐怖の念を起こさせる。」
たしかにキリスト教会にある聖像は慈愛の表情である(イエス像、マリア像、、、)。イエス磔像も苦悶の表情であれ怖くはない。だけど、仏寺にある明王像等は「怖ろしい」のではない。その意味や意義について、仏教側もキリスト教側も問答する気はサラサラなかったということか。
そして、当然ながら?僧侶をなじる。
「われわれの間では、人は罪の償いをして、救霊を得るために修道会に入る。坊主らは、逸楽と休養の中に暮らし、労苦から逃れるために教団に入る。」

日本人を褒めた箇所ももちろんある。
「われわれは怒りの感情を大いに表わすし、また短慮をあまり抑制しない。彼らは特異な方法でそれを抑える。そしてきわめて中庸を得、思慮深い。」
「われわれの子供はその立居振舞に落着きがなく優雅を重んじない。日本の子供はその点非常に完全で、全く賞讃に値する。」

コミュニケーションを図るのタイヘンだったろうなあ。
「ヨーロッパでは言葉の明瞭であることを求め、曖昧な言葉を避ける。日本では曖昧な言葉が一番優れた言葉で、もっとも重んぜられている。」
「われわれの間では偽りの笑いは不真面目だと考えられている。日本では品格のある高尚なこととされている。」
して、現代の日本人は?

引用の最後に
現代の日本人は?と言えば
「われわれの間では誰も自分の欲する以上に酒を飲まず、人からしつこくすすめられることもない。日本では非常にしつこくすすめ合うので、あるものは嘔吐し、また他のものは酔払う。」

トンプソン🏉ラストゲーム

2020年1月19日 秩父宮ラグビー場

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昨年のラグビーワールドカップ日本大会でベスト8進出に大貢献した一人。足かけ16年間、日本でプレーした。ワールドカップには4大会連続で日本代表に選出され、2015年大会で南アフリカを破った「世紀の番狂わせ」にもフル出場。引退後はニュージーランドに帰って牧場主になるとのこと。

ラストゲームの今日、長い選手人生で初めてであろうゴールキックを狙い、成功した↓

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人として敬愛された↓

miyashinkun.hatenablog.com

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背番号4はグラウンドを去りました



 

25年前の今日


私が所属していた部署には関西出身が多くいて安否確認の電話(もちろん固定電話オンリー)をかけ続けていた。なかなか繋がりにくくて。

62日後
それは私が週イチぐらいで乗っていた時間の千代田線でも。
社内でも何人も被害にあった(重症者はなし)。
親しくしていた先輩は目の後遺症で景色が黄色く見えると何週間か言っていた。

坪内祐三氏、急性心不全で逝去、61歳

www.chunichi.co.jp

今月10日発売『月刊 文藝春秋』最新号の坪内氏連載コラムは人の死についてでした。昨年亡くなった橋本治加藤典洋金田正一和田誠らを始めとして、何人もの作家やスポーツ選手の故人について書いています。
コラムのタイトルは「和田誠さんとお話ししたかったこと」。見開き2ページは「和田さんにお目にかかって直接その話をしたかったのに、それはかなわなかった。残念だ。」と結ばれています。