行政書士ミヤシンの800字映画評

映画の感想を原稿用紙1〜2枚分でコンパクトに。ときどき書評。たまに・・・。

フロイス『ヨーロッパ文化と日本文化』

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16世紀戦国時代に何十年間も布教を行なった キリスト教ポルトガル人宣教師が、豊臣秀吉による禁教令が発布される前の時期に日本社会のあれこれを観察して著した。
こんな具合に・・・
「ヨーロッパ人は大きな目を美しいとしている。日本人はそれをおそろしいものと考え、涙の出る部分の閉じているのを美しいとしている。」
「われわれは横に左から右に書く。彼らは縦に、いつも右から左に書く。」 「われわれの書物の最後のページが終わるところから、彼らの本は始まる。」

引用⇅した通り すべて1〜2行の箇条書きで、各々に訳者による数行の注釈が付されている。当時の日本社会の様々も、事前情報なしで見た西洋人の目にどう映ったかも、とても興味深い。

もちろん、「西洋が上、非西洋が下」感覚(サイードが定義する「オリエンタリズム」)も所々垣間見える。
「われわれの間の種々の音響の音楽は音色がよく快感を与える。日本のは単調な響で喧しく鳴りひびき、ただ戦慄を与えるばかりである。」
両者の音楽はただただ異なるだけなのだが。ついでながら、最初に引用した「美しい目とは?」もそうであるように現代日本人の感性は「西洋化」しているということも言えるかもしれない。

「われわれの聖像は美しく、敬虔の念を誘う。彼らのものは火中に焼かれる悪魔の形状をしていて、醜悪で恐怖の念を起こさせる。」
たしかにキリスト教会にある聖像は慈愛の表情である(イエス像、マリア像、、、)。イエス磔像も苦悶の表情であれ怖くはない。だけど、仏寺にある明王像等は「怖ろしい」のではない。その意味や意義について、仏教側もキリスト教側も問答する気はサラサラなかったということか。
そして、当然ながら?僧侶をなじる。
「われわれの間では、人は罪の償いをして、救霊を得るために修道会に入る。坊主らは、逸楽と休養の中に暮らし、労苦から逃れるために教団に入る。」

日本人を褒めた箇所ももちろんある。
「われわれは怒りの感情を大いに表わすし、また短慮をあまり抑制しない。彼らは特異な方法でそれを抑える。そしてきわめて中庸を得、思慮深い。」
「われわれの子供はその立居振舞に落着きがなく優雅を重んじない。日本の子供はその点非常に完全で、全く賞讃に値する。」

コミュニケーションを図るのタイヘンだったろうなあ。
「ヨーロッパでは言葉の明瞭であることを求め、曖昧な言葉を避ける。日本では曖昧な言葉が一番優れた言葉で、もっとも重んぜられている。」
「われわれの間では偽りの笑いは不真面目だと考えられている。日本では品格のある高尚なこととされている。」
して、現代の日本人は?

引用の最後に
現代の日本人は?と言えば
「われわれの間では誰も自分の欲する以上に酒を飲まず、人からしつこくすすめられることもない。日本では非常にしつこくすすめ合うので、あるものは嘔吐し、また他のものは酔払う。」