小説を含む幅広いクリエイターいとうせいこう氏が、国境なき医師団の活動を「見に行」ったルポルタージュの3作目です。本作は、2019年11月にイスラエルのパレスチナ自治区ガザ→西岸地区→ヨルダンの首都アンマンの順で取材しました。アンマンの病院は中東各国から患者を受け入れています。
それぞれの病院には、紛争や「鎮圧」により身も心も重症を負わされた人々がおおぜいいました。男性も女性も若者も幼な子も。人々のナマの声をリズムのよい文章で心をこめて伝える著者の筆致には、「政治」への強い憤りと彼ら彼女らへ向ける眼差しの優しさが溢れ出ています。
重い後遺障害(欠損も)の痛ましさに「目が泳ぐ」ような心情にもなっていた著者ですが、取材最終日に「一体感へのかすかな信頼」を共有して真正面から通じ合う体験を得ました。病院を去るときには「ギフトをもらったような気持ち」になっていました。
前2作同様に国境なき医師団の活動と併せて、と言うより本作では団の活動以上に現地の人たちの実情にフォーカスしています。
1作目と同じく主語は「俺」。1作目ほどではありませんが、ジャーナリストによるオーソドックスなルポとは些か趣が異なります。
ポップカルチャーの人でもある面目躍如と私が感じたのは、昨年ブレイクした漫才コンビぺこぱの決めセリフ「時を戻そう」が地の文で出てきたときです。実にさりげなく、一度だけ(44ページ)、というところもサスガと思いました。
この中東取材からまもなくして世界中がコロナ禍に覆われて人道医療活動はさらに困難になった、と文頭と文末で記されています。
2作目↓
1作目↓