與那覇 潤『中国化する日本』
2011年 文藝春秋発行。なかなかエキサイティングな1冊。タイトルから想像されるようなことは書いてありません。すなわち、親中媚中または反中嫌中どちらのタグイでもなく。
「グローバル化」の特徴のいくつもがお隣の中国では千年前の宋期に「実現」、つまり日本が「グローバル化に直面」しているのは今に始まったことではなく千年前から「中国化(≒グローバル化)に直面」しているという切り口で、その間の日本史が概観されています。
決して突飛な史観ではなく (2011年時点の)現代歴史学の主流の学説に沿っていると著者は書いています。 現代歴史学とエンのない私どもはそう言われましても、、、という感じですが そないなことは抜きにしても「読み物」として面白いよ。
これまたまた あってはならない
生後10ヶ月シャンシャン🐼と生後6ヶ月リキ🦍
フィールドホッケーのボールを
近所のグラウンドで、初めてじかに見た。野球の硬球と同じぐらいの大きさで、手に取ってみると硬球よりズシリと重い。
「事実は小説よりも奇なり」を
地でいくようなオドロオドロしい出来事が起こる昨今ですが
ときどきコントみたいなことも起こります。
携帯電話が壊れたので
修理に出すべくショップに行き書類に記入するため
備え付けのボールペンを使おうとしたら
店員さん「それは書きづらいのでこれを使ってください」と胸ポケットに挿していたペンを貸してくれました。
↑読んだだけじゃあんまりおもしろくないかもしんないけど、「じゃあなんで置いてあるんだよ!」などとお笑い芸人が演じてくれたら・・・笑い転げるよね。
まあ「コントみたいなこと」と言うより、こんなあれこれを題材にしてネタ作ってるんだろうけど。
晩春の季語なのに
子雀がよちよち歩き。
と言っても この写真じゃイマイチ大きさ分かりませんよね。うしろに写っている電信柱と比較してみてください。
練習モードで(であろう)飛び交う、巣立ちしたチュンチュンたちを 先週あたりから見かけます。「雀の子」は晩春の季語、今年はずいぶん早いかなあ。
雀と言えば電線音頭を思い出す昭和おぢ↓
名文ミステリー⁈谷崎潤一郎
以下、「ミステリー」をひじょうに広い意味で使います。
ミステリーについて私メが語れるとしたら エラリー・クイーンと折原一とスティーヴン・グリーンリーフと「刑事コロンボ」ノベライズを読み倒したコトがある(小学校図書室にあった 子ども向けのホームズとルパンは別として)ぐらいで、しかも ここ10年ほどミステリーと名のつく小説は殆ど読んでいないテイタラクですが
(「アメリカ人はジョークから始めるが、日本人はお詫びから始める」@河合隼雄 を地で行ってしまったが^^;)
谷崎にミステリーがあるとたまたま知って、、、
凄かった!
トリックがどうのとかサスペンスがこうのとかではなく、叙述ミステリーならぬ名文ミステリーと呼びたくなる。私ごときが今さら言うまでもないけど、改行や句読点がなくたって何らの苦もなく読み進められる 流れるような!文章(この短編集には改行も句読点もあるが)。ソレが「ミステリー効果」を最高級にもしていて。
とりわけ中のとりわけを一つだけ挙げるなら
4編のうち『私』の92ページ6行目からの「転調」。小説を読んでいてめったに経験したことがない種類の戦慄を覚えました♬